創業者の過去 その7
それからは戦争のようなものだったそうです。
妻のむめのが釜を炊いて、原料を混ぜ合わせ、幸之助が急ぎに急がせて一週間でつくった金型を使って、ポンスで型を抜いた。
そしてでき上がった碍盤に磨きをかけるのは歳男の仕事だった。
日に百枚できるようになって、ようやく二十日すぎに納品をすませることができた。
幸之助は自分なりによくできたと自信をもっていたが、さいわい注文主の川北電気も気に入ってくれて、百六十円の代金を払ってくれました。
「おい、これでやっと正月ができそうやな」餅を買う気分になりました。
祈るような気持ちで追加注文を待っていると、正月早々二千枚つくってくれといううれしい知らせが届いたのです。
こうして本来の狙いだったソケットは売れなかったけれど、思いがけない碍盤の注文のおかげで、どうやら事業を軌道に乗せることができた。