創業者の過去 その11
吉田商店との蜜月時代はそう長くはつづきませんでした。
当初、月産二千個が三千個になり、さらに五千個にまでバネ上がった頃、東京のメーカーが一斉に値下げ攻勢をかけてきました。
そのため青くなった吉田がさっそく飛び込んできた。
「これじゃとてもやっていけん。
松下君、すまんが、契約を解除してくれませんか」ずい分虫のいい申し条だが、いやだというものを引きとめるわけにもいかない。
こうして代理店契約はなくなったが、月産六千個という増産体制をもとへ戻すことはできない。
そこで六千個の差し込みプラグを、幸之助は自力で売らなくてはならないことになりました。
だが幸之助はくじけなかった。
なアに売って売れないことはあるまい。
彼は十数軒の問屋を回って、売り込みに奔走した。
すると、こんないいものをつくっておきながら、吉田商店一つに任せるなんてけしからんという人もあって、以外に好評だった。